2022産業安全対策シンポジウム 企画委員長 東京大学 田村教授インタビュー

第44回2022産業安全対策シンポジウム 企画委員長の東京大学 名誉教授 田村 昌三 様に業界動向や今回の本シンポジウムの聴き所をお伺いしました。日本能率協会の高士がインタビューいたします(以下 敬称略、役職当時)

高士
先生の現在、これまでの研究内容について教えてください。

田村
専門分野は、エネルギー物質化学と安全の化学が主となっています。エネルギー物質化学の分野では、高エネルギー物質、固体ロケットの燃料や花火等の研究に従事していました。エアバッグ用のガス発生剤など、エネルギー物質を使ったデバイスの検討もかつて取り組んでいたテーマです。また、NOxの化学を基にした大気汚染の問題から大気環境化学も研究対象分野としていました。

安全の化学の分野では、これまで物質安全、プロセス安全の研究を行ってきましたが、昨今、安全関係の役割が非常に大きくなっており、産業保安と安全文化の観点から研究や講演を行っています。最近提唱しているのは体系的な安全教育プログラムの構築と推進です。家庭教育から学校、そして産業、社会人教育まで一貫した形で体系的な安全教育を行おうというものです。これがひいては産業安全や社会安全につながると考え取り組んでいます。

高士
先生が本シンポジウムの企画委員長をご承引いただいた経緯について教えてください。

田村
2009年から企画委員長を務めておりますが、前委員長からのお誘いが企画委員として参画するきっかけでした。またその前には、本シンポジウムで講演させていただいたこともありますので、長いお付き合いになりますね。

高士
ここ5年から10年間の産業安全分野におけるトレンドや推移、変化点について先生のお考えをお聞かせいただけますか?

田村
産業安全対策シンポジウムでどのようなセッションが取り上げられてきたかを紐解くと、自ずとその答えが見えてくると思います。

まず中心的なテーマとしては「事故事例と解析」「リスクアセスメントとリスクマネジメント」「ヒューマンエラー・ヒューマンファクター」に関すること。「安全教育・技術伝承」そして「安全文化」が挙げられるでしょう。このあたりが毎年または3年に2回ほどの割合で取り上げられてきたテーマです。

そして、その時期に話題となっているテーマも取り上げてきました。例えば「危機管理・BCP」です。特に東日本大震災のような自然災害やコロナに対する危機管理・BCPについて、その時期に対応した形でセッションを立ち上げてきました。

高士
産業安全分野における普遍的な課題と、その時代時代のトレンドがわかります。

田村
今後ますます増えていくと考えるのが「自動化、AI、IoTと安全」の問題です。最初にセッションを立ち上げた頃は、まだまだこのテーマが広く普及しておらず、参加者もそれほど多くなかったのですが、今ではかなり皆さんの関心も高まっています。重要なのだが、しかし、その方法がわからない。こうした大会で具体例を挙げることで非常に参考にしていただけるでしょう。

高士
今、非常に関心の集まるこのテーマにも、いち早く注目してきたのですね。

田村
「保安力」も忘れてはならないテーマです。安全を推進するうえで、日本の場合は経営層のリーダーシップと現場力が国際的にも安全への強いベースになっています。

さらに「海外安全」も大切です。現在、化学系では40%が海外で製造しています。こうした点からも海外での安全は非常に大事です。日本の特徴は、安全、環境、品質、安定生産に配慮したものづくりにあります。これが世界と戦える武器です。海外で展開する際も安全についておろそかにはできません。海外拠点の安全の問題は、今後一層重要になるでしょう。

また「メンタルヘルス」の問題も取り上げてきました。作業環境が非常に厳しくなる中で、社会全体がこの問題を抱えています。当然企業も同様です。この問題にどう対応しているのか、良い事例があれば参考にしたいと思っている方も多いのではないでしょうか。

高士
シンポジウムのセッションの歴史に改めて目を向けることで、産業安全分野におけるトレンドや変化点が見えてきました。

田村
今回のシンポジウムは5つのセッションから構成されています。限られたセッションの中で、現在および将来に向けての重要度を見極めながら、時宜を得たテーマを取り上げるなど、これらをいかに組み合わせていくか。それが今後大事になると思います。

高士
我が国の産業安全の抱えている課題と10年先を見据えた展望について先生の見解をお聞かせ願えますか?

田村
日本は技術立国として世界と競合していかなくてはなりません。安全・環境・品質・安定生産に配慮したものづくり技術が日本の特徴、一番の強みです。これをもって世界と戦っていかなくてはなりません。それを支えているのがトップのリーダーシップと現場力です。日本の現場力の強さは欧米にはない特徴です。日本には、何か問題があっても自ら見つけ改善してくれる現場力がありました。最近そこが少し低下しているのが心配な点です。

欧米では何か問題があっても、自分の役割でなければ決して対応しません。与えられたことしかやらない。これが欧米流のやり方です。したがって、マネジメントがよほどしっかりしていないと色々な部分で抜けが出てきてしまいます。一方、日本の場合は現場がカバーしてくれます。積極的・前向きに様々な手立てを講じてくれることによって漏れをサポートする力がありました。これが日本の品質や安全、環境に対しての強みだと思います。

高士
こうした強みを活かし、日本が技術立国として今後も世界と戦っていくためには何が必要でしょうか?

田村
産業安全推進のためには製造プロセスにおける安全の確保が欠かせません。そしてそれが可能な安全環境を構築する必要があります。トップが明確な安全理念を示し、リーダーシップを発揮するとともに、経営層、管理層、現場が主体的な安全活動ができる環境づくりのための適切なマネジメントをする必要があります。これが担保されることで日本の特徴・強みを活かしていけるのです。

高士
それを実行するためにはどうすればよいでしょうか?

田村
なんといっても産業安全・社会安全を推進する人材の育成が大切です。そのためには、家庭教育、初等・中等教育から始まり高等教育、企業での教育、社会人教育がそれぞれの役割をきちんと果たしていかなくてはなりません。しかし、今は、企業の安全教育にかなりの負担がかかっているのが実態です。そのあたりを今後どう改善していくかが一つの課題です。

高士
企業における安全教育は、各社課題意識をお持ちだと思います。

田村
企業教育には二つあります。一つは企業固有の教育です。これは各企業が今までの歴史や考え方を踏まえて取り組んでいけばよいでしょう。もう一つは各階層に応じた安全教育です。この点についてはもっと共通化を図り、企業の枠を越えて取り組む必要があります。企業固有の教育と共通の教育、この二つをうまく連携させることでより効果的な安全教育ができると考えています。

高士
なにより「人」が基盤なのですね。

田村
翻って、日本は資源もなければ、販売先もほとんど海外に頼っているのが現状です。海外の役割は非常に大きくなっています。生産も世界で展開しなくてはなりません。世界中が参入する競争において日本が勝ち残っていくには日本の特徴を活かしていくことが必須です。日本の持つ安全の力が非常に大きな武器となるでしょう。産業の国際化においても、安全のわかる人材を育成し、それを武器に海外展開を図る必要があります。

高士
安全の力、保安力についてもう少し詳しく教えてください。

田村
安全を確保するには、まずしっかりした安全の仕組み、安全基盤を作る必要があります。しかし、いくら立派な安全の仕組みができても、それをうまく機能させ、活性化させて、仕組みだけでは対応できない場合にサポートしてくれる安全文化がなければ安全は成り立ちません。この安全基盤と安全文化を合わせたものを保安力と言っています。

高士
安全文化の形成に欠かせないものは何でしょうか?

田村
まず大切なのがトップの役割です。トップの組織統率、安全理念を明確に打ち出しリーダーシップを発揮すること。この点が一番大事です。トップが安全について熱心でなかったら、部下は絶対に安全に力を入れてくれません。トップの姿勢が非常に重要です。

一方、プラント現場に視点を移すと、現場が主体的に安全について取り組むモチベーションを持っているかも大切です。それを支えるのが危険に対する感性、様々な経験から得られた知識です。

高士
マネジメントと現場、この二つが協調し安全文化が醸成されるのですね。

田村
経営層、管理層が、現場が主体的に安全活動できるような環境づくりをしているか。資源や、人事、予算、作業管理の観点からいかに適切にマネジメントしているかが大事です。トップから現場までが一体となり、安全について積極的に関与し、コミュニケーションが図れているか。この点が安全文化の醸成にとって非常に重要です。

高士
コロナ禍において、安全に対する意識もさらに高まりました。

田村
コロナ禍では、非接触、非対面、リモート、オンラインがキーです。こうした中でいかに製造プロセスの安全を図っていくか。それを考えるうえでデジタルの活用は欠かせません。業務プロセスのDX化をこの機会に是非進めるべきです。そのためには経営層の役割として、今後、製造のデジタル化、DX化を推進できる管理層・専門家の育成が大事な課題になるでしょう。

高士
本シンポジウムは、~今、求められる「安全の本質」を考える~ というメインテーマで開催します。先生が期待する今回の大会の見どころ・聴きどころを教えてください。

田村
日本の安全を確保していくうえで、経営層のリーダーシップと現場力の調和が一番大事なポイントです。こうした点からも経営層の役割は非常に大きく、今回、シンポジウムで初めて取り上げました。ここが今大会の大きな見どころの一つです。

また、産業現場の安全において、ヒューマンエラーの問題をなくしていくためには、しっかりとした安全教育が必要です。現場の安全のレベルアップを図るうえで重要なこれらの課題についてもセッションで取り上げています。

そして、産業安全の推進をサポートするのがAI、IoTの活用、産業保安のスマート化です。今後これらを適用していく中で、果たして安全の確保ができるのかなど様々な問題に直面すると思います。こうした課題をクリアするうえでも、今回のシンポジウムで良い事例を紹介することで皆さんの参考にしていただけることでしょう。

日本の場合、自然災害は避けて通れない問題です。きちんとした危機管理、BCPを考えておく必要があります。この点においても貴重な情報を共有いただけます。トラブルが起こってから慌てて対応すると様々な抜けが生じ、サプライチェーンも含め大きな問題が浮上します。普段から災害への対処を予め想定しておくことが非常に重要です。

今回のシンポジウムは、我が国の産業安全について、今大事な全体像を皆さんに知っていただく良い機会になるでしょう。

高士
特にどのような方にご参加いただきたいとお考えでしょうか?

田村
是非経営層の方にも聴いていただきたいですね。また本社、事業所の管理層の方に参加いただき、考えていただくきっかけとなれば幸いです。

高士
先生にはセッション1「産業安全の推進に向けた経営層の役割」のコーディネーターをご担当いただきます。本セッションの見どころ・聴きどころも教えていただけますでしょうか?

田村
日本の産業安全にはトップのリーダーシップと現場力が大切です。とりわけ経営層・管理層の役割は極めて大きいと言えます。セッション1では我が国を代表する企業の経営層が自らがどのような役割を果たすべきかをお話くださいます。本シンポジウム始まって以来の試みです。経営層が安全についてどのような思いを持っているのか。今後の安全確保のポイントは何か。講演やパネルディスカッションを通じて実感いただくことが狙いです。

高士
特にどのような方に聴講いただきたいとお考えでしょうか?

田村
経営層はもちろん、是非本社、事業所の管理層の方にもそれぞれの立場でトップの話をお聴きいただくと非常に参考になると思います。

高士
産業安全にとって経営層の役割が極めて重要であるにも関わらず、本シンポジウムではその参加が少なかった傾向があります。それはなぜか、先生の見解をお聞かせ願えますか?

田村
これまで経営層に参加いただけるようなテーマを準備していただろうかという問題意識を持っています。こうした反省から今回、経営層向けのセッションを立ち上げました。これは非常に重要な切り口であり、今後も継続的に開催されることを期待しています。経営層の方は非常に多忙であり、よほど魅力的なテーマでないと時間を充てていただくことは難しいでしょう。逆に言えば魅力的なテーマを提案することが求められるのです。

高士
経営層にフォーカスした「経営セッション」への期待が高まります。

田村
また、経営層の参加を促すための働きかけが十分でなかった点も反省点として挙げられます。経営層へ情報を伝える効果的な手段を講じる必要があります。経営層には孤独な一面もあり、色々な問題をご自分で抱え、悩んでおられる方も多いことでしょう。そうした時に、このような場を通じて、同じ悩みを持つ方の話を聞き、解決策を共有することで大いに参考にしていただけることでしょう。経営層が参加しやすい環境づくりも考える必要があります。

確かに、以前は安全の重要性への経営層の理解が低かった面もあると思います。しかし、今は理解が深まり「安全は生産・産業の基盤である」という認識が広がりました。熱心になってくださる良い方向に向かっている今だからこそ、是非もう一歩、経営者の参加を引き出せるような方策を工夫すると良いと思います。

高士
事務局としても積極的に働きかけて参りたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。

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