馬車道大津ビル(旧東京海上火災保険ビル)「JMAものづくりポータルコラム」

 神奈川歴史博物館前の交差点の対角にある鉄筋コンクリート4階建て、地下1階のビルで、昭和11(1936)年竣工。もとは東京海上火災保険として建てられたが、戦後、大和興行や㈱ケイヒン、協同飼料研究所などに利用され、平成9(1997)年に内部設備の改装が行われてテナントビルとして馬車道大津ビルと名称を変えて現在に至っている。
 エントランスは、馬車道に向けた西面側に設けられている。設計者の木下益治郎は、これだけでなく、東京・丸の内の東京海上ビル旧館など、東京海上火災保険関連の建物の設計の仕事をいくつか手掛けている方のようだ。
 しばらく外壁が崩壊するのを手入れして防いでいたようで、ネットがかぶされていた。内部もよく手入れされていて、オフィスビルとしては継続して活用されており、地下はイベント用のスペースになっていて、ギャラリーやコンサートに貸しだしている。
 歩いていると意識しないが、このビルは、交差点のコーナーに面した角がそぎ取られていて、歩行者が歩きやすくなっているのだ。
 一見、地味に見えるので、それと気づかずに通り過ぎる人が多いが、なんのなんの、よく見ると実に味わい深く、こぢんまりとした珠玉の味わいのビルといえる。横浜市の歴史的建造物に認定されている。
 
 ■昭和初期のビルとして保存状態は良好
 外壁は装飾タイルで統一されていて、余計な飾りがないシンプルな外観。きりッとした直線のアール・デコ調のデザイン。下からはあまり見えない4階の部分に手がかけられていて、タイルで幾何学模様が付けられている、ちょっとしゃれたビルで昭和初期の特徴をよく伝えている。
 交差点をはさんで、向かいの神奈川歴史博物館の正面の写真を撮影するにはこの前が絶好のポイントなので、多くの人が、このビルの前(ちょうど交差点にむけてそぎ取られた角)で、このビルを背に写真を撮影している姿を見るが、ちょっと後ろを向いてみてください、と声をかけたくなる。

 このビルは産業遺構押してとても重要だ、と言われているが、その理由の一つが浄化槽である。オフィスビルにはそれなりに厨房、トイレが必要でそのための浄化槽は欠かせない。このビルの浄化の仕組み、浄化槽は、昭和初期のビルとして、水回り、浄化槽などが調査された際、大正末から昭和はじめにかけての過渡期のものであり、当時としては非常によくできた浄化槽のシステムを備えていると評価されており、その意味でも貴重な産業資産を備えたビルとされているのだ。
 地味で目立たないが、それなりの存在感を持った建物なのである。


装飾タイルのシンプルな外装で、最上階の部分に幾何学模様のタイルでアール・デコ調のデザインが施されている。交差点に面したビルの角がとられているのが特徴。


内装にもタイルが使われていて、黒とのコントラストが落ち着いてシックだ。


横浜市の歴史的建造物を表示するパネル。周囲の重厚な黒のなかで、良く映える。

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執筆:梶文彦
写真:谷口弘幸

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